ジェシカタンディ

私の大好きな女優にジェシカタンディという人がいる。彼女は1909年イギリスロンドン生まれの女優である。

父親は彼女が12歳のときに死去。演劇を学び舞台デビューを果し、ローレンスオリィエやジョンギールグッド等と共演した。

1947年にはブロードウェイでテネシーウィリアムズの欲望という名の電車の舞台に立ち、トニー賞を受賞した。1978年と1982年にもトニー賞を受賞している。

彼女はイギリス人なのだが、このようにアメリカに渡り、アメリカで活躍した女優だ。しかも、80歳を過ぎてから立て続けに大きな賞を受賞して世界的に知られた人なので、若い美人女優というよりも、品格ある老女優、というイメージである。そして、あのよく通る声と、品のあるイギリス英語と、可愛らしいお婆さんというイメージは、若い女優よりはるかに素敵だ。

ジェシカタンディは1994年9月に85歳で亡くなった。しかし、お婆さんのイメージが余りにも強かったため、私は彼女を90歳以上なのかと勘違いしており、亡くなった時えっ、まだ85歳だったのと驚いたほどだ。

若い頃の写真を見ると、品のいい、優雅な英国レディという感じの美人なのだが、やはり私は、お婆さんになってからの彼女が好きである。

彼女の代表作といえば、やはりアカデミー賞主演女優賞ベルリン国際映画祭最優秀共演賞、英国アカデミー賞

主演女優賞、エミー賞

主演女優賞、ゴールデングローブ賞主演女優賞等を受賞した

ドライビングMissデイジー(1989年)だろう。

その作品は、1989年12月に、北米のみの限定公開という規模の小さい公開だったにも関わらず、大ヒットを記録し、アメリカ国内で約1億600万ドル、国外で約3900万ドルの興行収入を挙げ、同年度のアカデミー賞では作品賞を含む9部門でノミネートされ、そのうち作品賞、主演女優賞、脚色賞、メイクアップ賞の4部門で受賞した。ジェシカタンディは80歳でアカデミー主演女優賞を獲得したが、彼女の年齢は同賞における最高齢での受賞であった。

映画の舞台は、1948年のジョージア州アトランタである。ジェシカタンディ演じる元教師のユダヤ系の老婦人デイジーは、買い物に出かけようと愛用のキャデラックに乗り込むが、運転を誤り隣家の垣根に突っ込んでしまう。それを見かねた息子のブーリー(ゴーストバスターズで有名なダンエイクロイドが演じている)は、彼女に運転手を雇うよう薦めるが、デイジーは拒否する。

息子の忠告に聞く耳を持たなかったデイジーだが、彼女の元に初老の黒人運転手ホークが運転手として雇われてきた。ホーク役を演じたのは、この作品で有名になったモーガンフリーマンである。

初めは意固地にホークを拒絶していたデイジーだったが、根負けしてついにホークが運転する車に乗り込む。彼女がホークを嫌がっていたのは、自分が嫌味な成金であると周囲に思われるのを危惧していたからだったのだが、次第にホークの真面目な仕事振りと正直な人柄に感銘を受け、彼を気に入り、やがて何処へ行くにもホークの運転する車に乗ることになる。

クリスマスに、読み書きの出来ないホークに簡単な参考書をプレゼントしたり、他の街で暮らす兄弟の90歳の誕生日を祝うため、ホークの運転するキャデラックに乗って遠出したりもする。

ホークは正直な人間だったが、学はなく、色んな経験も少ない人物だった。彼は州外に出たことすらなかった。遠出の道中で、路肩に止めた車の中で食事をする二人だが、その際の警察官の対応に、デイジーはいまだにアメリカ南部に根強く残る、黒人差別を実感するのだった。

ある日、デイジーに長年仕えてきた家政婦が急死した。彼女の死後一人で家を切り盛りしなくてはならなくなったデイジーは、万事にそつが無いホークをより一層頼りにするようになる。

また、ある雨の日、デイジーは礼拝に向かう道中に、クークラックスクランによってシナゴーグ(ユダヤ人の教会)が放火されたと知る。南部では黒人のみならず、ユダヤ人も偏見の対象とされていたのだ。

デイジーはマーティンルーサーキング牧師の説教を聞くため夕食会に参加することを決意する。当初は息子のブーリーと共に出席する予定だったが、彼は、公民権法が施行されたにもかかわらず、まだまだ人種偏見が残る地元の同業者たちに後ろ指を差されることを危惧し欠席したのだ。デイジーは夕食会に向かう途中でホークを誘うが、本当にその気があるならもっと早く言うべきだったと彼に窘められる。結局一人で夕食会に出席するデイジー

その夜のキング牧師の説教は、善意の人による無自覚の差別の話だった。

1971年、ある朝いつものようにデイジーの家を訪れたホークは、錯乱しているデイジーを発見する。突然顕れた認知症により、自身の教師時代に戻って子供たちの宿題を探し回っていたのだ。デイジーを優しく宥めるホーク。そんな彼に対し、デイジーは貴方は一番のお友達よと告げる。

1973年、認知症が進み、体調も衰えたデイジーは老人ホームで暮らしている。ホークとブーリーは感謝祭のお祝いを述べるため、デイジーの元を訪れた。彼女は息子のブーリーをそっち除けで、ホークの訪問を喜び、二人きりで言葉を交わす。出会った頃と同じ軽妙なやりとりを楽しむ二人。そしてデイジーは息子が未だにホークに毎週運転手としての給料を払っていることを知る。ホークがパンプキンパイをデイジーに食べさせているシーンで映画は幕を閉じる。

立場や人種を越えた友情と、暖かい人間関係が描かれているのだが、品格ある老婦人役のジェシカタンディと実直な黒人運転手役のモーガンフリーマンの演技がともに最高の評価を受けた。

ジェシカタンディのもうひとつの代表作はフライドグリーントマトではないだろうか。

フライドグリーントマトは、ホイッスルストップカフェという飲食店を経営する2人の女性の物語を、老人ホームの老婆が語るという形式のドラマである。

タイトルのフライドグリーントマトというのは主人公の女性らのカフェの名物料理であり、アメリカ南部の郷土料理のようなものらしい。青いトマトをスライスして、衣を付けて揚げたものである。それが美味しいのかどうかはわからないが、ジェシカはこの作品でアカデミー助演女優賞にノミネートされた。

この映画はドライビングミスデイジーとかなり共通点がある。アメリカ南部のジョージア州が舞台であること、黒人との関わり、ジェシカがやはり品格ある老婦人を演じていることなど、だ。

ホラー映画のイメージのあるシャシーベイツ演じる、ジョージア州に住む中年主婦のイエリンは、子供たちも独立し、自分に無関心な夫エドへの愛情も失せつつあった。そんなある日、叔母への面会で訪ねた老人ホームで、はつらつと元気な老女ニニーに出会う。ジェシカタンディが演じるのは、そのニニー役である。

怠惰な生活を送るエリンに、ニニーはそっと昔話を聞かせ始める。

その昔、南部アラバマの小さな町に暮らす少女イジーは、最愛の兄バディを突然の事故で亡くしてしまう。そんな失意のイジーに優しく寄り添ったのは、バディの恋人ルースであった。愛する人を失った二人は、深い友情で結ばれてる。やがて月日が流れ、ルースは結婚した。

しかし、その夫フランクは差別主義者であり、ドメスティックバイオレンスを繰り返すどうしようもない男であった。

妊娠していたルースにイジーは救いの手を貸し、二人は黒人やホームレスたちも迎え入れる食堂ホイッスルストップカフェを経営し始める。だがその後も、フランクやクークラックスクランKKKの連中などから脅迫され続けていた。

そんなある日、フランクが突然行方不明になる。犯人とされ裁判にかけられたイジーだったが、結局フランクは見つからないまま、最後には無罪となる。実はフランクを成敗したのはイジーたちだったのだが、黒人の召し使いの活躍により、ことなきを得たのであった。裁判を見届けたあと、病身のルースは静かに天国へ旅立っていった。残されたイジーと仲間たちは、共に力強く生きていくことを決意する、という話だ。

イリンは、ニニーの語ったその物語にすっかり心を打たれ、生きる希望を見い出していく。やがて彼女は、老人ホームを出たニニーを、自宅に迎え入れて新しい人生を歩み始めようと決意したのだった。

昔のアメリカ南部の風景や、黒人たちとの関わりや、保守的な土地柄で懸命に生きるイジーとルースの友情の物語も素晴らしいが、疲れきったおばはん主婦が、老女の語る女性たちの物語から生きる力を与えられて甦るのも、この作品の見所である。これは、イジーとルースだけでなく、イリンとニニーの友情の物語でもあるのだ。

私は、実はイジーが年をとってニニーになった、すなわち、これは彼女の自伝なのかな?と思っていたのだが、どうだろう?

また、イリンの夫がメタボなので、ダイエットさせることにしたイリンだったが、彼女が夫に出したメニューが太巻きだったのに笑った。メタボの人を痩せさせるのに、白米たっぷりの太巻きを出すって。

日本人なら絶対やらないことだが、普段からハンバーガーやフライドチキンばっかり食べているアメリカ人にとっては、油で揚げていない太巻きはダイエットメニューなんだな、と物語とは関係のない所に感心した。

私はそもそも、品格ある上品な年寄りが好きである。日本だと、東野英次郎、中村梅之助大滝秀治三木のり平、笠知衆みたいなおじいさんたちが最高だ。しかし、意地悪ババアみたいなのはたくさんいるが、ジェシカタンディみたいな品格あふれる上品な老女優というのは余りいないような気がする。草笛光子なんかはいい線行っているが、やはりジェシカタンディにはかなわない。